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BMW R1200RT100thとおんぶセローでバイクライフを楽しむ SAMとhideのぶらぶら日記


by SAM

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歌川広重の描いた浮世絵「唐崎の夜雨」の地へ 近江八景



近江八景「唐崎の夜雨」、

広重が描いた唐崎神社の「霊松」を見に行った。




歌川広重の描いた浮世絵「唐崎の夜雨」の地へ 近江八景_e0044657_21104716.jpg



神社は湖西道路R161から少し湖岸に入ったところ。

駐車場はないけど、路駐でも大丈夫。





歌川広重の描いた浮世絵「唐崎の夜雨」の地へ 近江八景_e0044657_21103674.jpg



昨日今日にできたのではなく、

飛鳥時代から続く歴史ある場所に三代目「霊松」がある。




歌川広重の描いた浮世絵「唐崎の夜雨」の地へ 近江八景_e0044657_21103624.jpg



初代の松は安土桃山時代に倒れ、

当時の大津城主が二代目を植えたとされる。

江戸時代末には、高さ27m、東西72m、南北に86mの

枝ぶりだったとか。

現在の松は三代目、明治時代に植えられた。




歌川広重の描いた浮世絵「唐崎の夜雨」の地へ 近江八景_e0044657_21103569.jpg

しかし、昭和に入り台風などの被害で現在は息も絶え絶え

の状態とか。それでも、少ないながらも毎年松ぼっくりを

付けるとか。懸命に生きている。





歌川広重の描いた浮世絵「唐崎の夜雨」の地へ 近江八景_e0044657_21103550.jpg

遠くに見えるノッポは大津プリンスホテル。





この地の長い歴史を感じた後は、広重と同じ角度で

「霊松」を撮影すべくアングルを探しに歩き、

見つけたその地でここぞとばかりに

ドローンを上げてみた。






歌川広重の描いた浮世絵「唐崎の夜雨」の地へ 近江八景_e0044657_21181239.jpg



しかし、この日は風が強く、しかも周りに木もあり、

さらには湖上上空からの撮影とあり、

ビビりにビビったので中止の選択肢もあったのだが、

そこはそれ、横着者のSAMさん 

飛ばすと決めていたからには飛ばす。



それいけ~ 我がドローン「TELLO」、

いい写真を撮ってくれ~   

この後高度を上げたら強風に流されコントロール不能に

必死で帰還させようともがいて到着直前でこんな有様に。




歌川広重の描いた浮世絵「唐崎の夜雨」の地へ 近江八景_e0044657_21180826.jpg



TELLO
のあまりの風の弱さに、

笑うしかなかったTELLO目線の一枚。

笑ってないけど^^;




歌川広重の描いた浮世絵「唐崎の夜雨」の地へ 近江八景_e0044657_21181297.jpg



枝に引っ掛からなければ、川ポチャだった。

このままでは終われない、いつの日かリベンジ。


懲りていない^^;



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歌川広重の描いた浮世絵「唐崎の夜雨」の地へ 近江八景_e0044657_21180700.jpg

帰路、対岸に見えるノッポは大津プリンスホテル。






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# by power-shoes | 2020-08-03 21:23 | 日記 | Comments(0)

お多賀しゃくし・おたまじゃくし





~お伊勢まいらばお多賀へまいれ

お伊勢お多賀の子でござる。~


「お多賀さん」の名で親しまれる多賀大社は、

伊勢神宮とともに、人気を集めた。

読売新聞「おまいり日和」より



滋賀県で一番大きな神社多賀大社は伊邪那岐(いざなぎ)

伊邪那美(いざまみ)が祀られている

「お伊勢お多賀の子でござる」は

祀られている神さんの関係のようだ。






お多賀しゃくし・おたまじゃくし_e0044657_22054856.jpg



奈良時代の天皇が病に伏した際、多賀大社が蒸した米と

神木で作った「しゃくし」をセットで献上したところ、

たちまち全快したと伝わり、無病息災のご利益がある。

その時の「お多賀しゃくし」は、その形と呼び名から、

オタマジャクシの由来になったともいわれている。

(とか?)






お多賀しゃくし・おたまじゃくし_e0044657_22054854.jpg


豊臣秀吉が母親の病気回復を願ったといわれており、

回復後お礼として「太鼓橋」を寄進している。





お多賀しゃくし・おたまじゃくし_e0044657_22084796.jpg



明智光秀は本能寺の変の四日後、多賀大社境内での乱暴を

禁じた「禁制」を出し、保護している文章が残っており、

光秀は多賀出身との伝承も地元には残る。




お多賀しゃくし・おたまじゃくし_e0044657_22054845.jpg






江戸時代の大きな「お多賀しゃくし」




お多賀しゃくし・おたまじゃくし_e0044657_22054757.jpg




糸切り餅をお土産にしようと思っていたのだが、

残念ながら購入することができなかった。






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お多賀しゃくし・おたまじゃくし_e0044657_22054759.jpg






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# by power-shoes | 2020-07-31 22:22 | 日記 | Comments(5)

古代最大の内乱 壬申の乱 不破関



壬申の乱

天智天皇(てんじてんのう)の死後、息子の大友皇子

(おおとものおおじ)は近江大津宮(大津市)にある

朝廷の実権を握った。

これに対抗して、天智天皇の弟、大海人皇子

(おおあまのおおじ)が地方豪族らと共に挙兵した

皇位継承を巡る争い。読売新聞「史書を訪ねて」より




ことの発端は諸説あるようだが、おおむねこんなとこ。

天智天皇の後を継ぐのはてっきり弟の大海人皇子だと

思っていたのに、身分の低い側室に産ませた子だった

大友皇子を天皇が後継者に選んだものだから、

大海人皇子はカチンと来た、が我慢した。

ところが、天皇が亡くなったのをチャンスと、

難癖(大海人皇子の暗殺を大友皇子が企てている)を付け

反旗をひるがえした。

先手を打って攻撃したことでクーデターは成功した。






古代最大の内乱 壬申の乱 不破関_e0044657_22261118.jpg


大海人皇子が兵を集めたところが岐阜県の不破関

(ふわのせき)、今の関が原。

今も当時の土塁が残っているらしいが、

どこにあるのか発見できなかった。




ただし、こんな逸話がある石を二個見てきた。





古代最大の内乱 壬申の乱 不破関_e0044657_22261109.jpg

畑の中にある。




古代最大の内乱 壬申の乱 不破関_e0044657_22255951.jpg

兜掛石、大海人皇子が兜を掛けたと伝えられる石。





古代最大の内乱 壬申の乱 不破関_e0044657_22255906.jpg

沓脱石、大海人皇子が沓(くつ)を脱いだ時、

足を掛けたという石。






古代最大の内乱 壬申の乱 不破関_e0044657_22255932.jpg

不破関跡。

不破関は壬申の乱(672年)の後に設けられた。

ただし、この建物は何かわからない。

まさか680年頃の建物じゃないし。





古代最大の内乱 壬申の乱 不破関_e0044657_22255964.jpg






最後には自害することになった大友皇子は

近江大津宮に居た、加えてこの戦いの最後は

瀬田の唐橋での戦いをもって決着する。

そんなこと知った以上、もう少し知らなければと

思いながら、次なる目的地、多賀大社へと向かった。






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# by power-shoes | 2020-07-27 22:33 | 日記 | Comments(0)

賤ケ岳の合戦、柴田勝家の本陣 玄蕃尾城址



滋賀と福井の県境にそびえる中尾山(439m)山頂にある、

100名城、玄蕃尾(げんばお)城址へと向かった。






賤ケ岳の合戦、柴田勝家の本陣 玄蕃尾城址_e0044657_08232128.jpg

名神木ノ本ICからR365を北上、

余呉町を抜け北陸自動車道に沿って走ると




賤ケ岳の合戦、柴田勝家の本陣 玄蕃尾城址_e0044657_08232118.jpg

柳ケ瀬隧道の信号がしばし待てという。

上のトンネルは北自柳ケ瀬トンネル。







賤ケ岳の合戦、柴田勝家の本陣 玄蕃尾城址_e0044657_08232185.jpg

1352mの一車線、バイクは走れるが、

歩行者・荷車・自転車・大型通れない。

元は鉄道トンネルだったそうな。





賤ケ岳の合戦、柴田勝家の本陣 玄蕃尾城址_e0044657_08232179.jpg


トンネルを抜け右に折れ、

林道を一気に駆け上がると行き止まりの駐車場。

トイレも用意されていて受け入れ態勢は十分。




賤ケ岳の合戦、柴田勝家の本陣 玄蕃尾城址_e0044657_08265832.jpg

山頂主郭まで山道を20分。






賤ケ岳の合戦、柴田勝家の本陣 玄蕃尾城址_e0044657_08270402.jpg

谷伝いに登ってきてここからは尾根伝いに主郭を目指す。





賤ケ岳の合戦、柴田勝家の本陣 玄蕃尾城址_e0044657_08285891.jpg



柴田勝家が豊臣秀吉との戦(賤ケ岳の合戦)にそなえ

本陣として構えた玄蕃尾城。

しかし、戦いに敗れた勝家は福井へと敗走し、

北庄城で落命する。

その後この城は再利用されなかったため、

今も遺構が良好に残っている。





賤ケ岳の合戦、柴田勝家の本陣 玄蕃尾城址_e0044657_08284452.jpg

石垣などはなく、空堀をめぐらし、土塁が築かれている。





賤ケ岳の合戦、柴田勝家の本陣 玄蕃尾城址_e0044657_08284836.jpg

主郭へはこの馬出を通らないと入れない。






賤ケ岳の合戦、柴田勝家の本陣 玄蕃尾城址_e0044657_08290103.jpg

一辺約45mの正方形に近い主郭部を

取り囲むように土塁が残る。





賤ケ岳の合戦、柴田勝家の本陣 玄蕃尾城址_e0044657_08290696.jpg

主郭に残る櫓台。物見の櫓が立っていたようだ。


TELLOと少し遊んで主郭を出た馬出郭で

お弁当を広げる老夫婦に挨拶。   羨ましかったな。






賤ケ岳の合戦、柴田勝家の本陣 玄蕃尾城址_e0044657_08331101.jpg


下山後、来たトンネル、来た道を戻り木之本町へ。

木ノ本に来たらここ寄っとかないと。






賤ケ岳の合戦、柴田勝家の本陣 玄蕃尾城址_e0044657_08331128.jpg


本日のお土産GET^^



この後、関が原へと向かう。



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# by power-shoes | 2020-07-24 08:38 | 100名城 | Comments(3)

湖南アルプスの由緒ある古い寺 金勝寺




「湖南アルプス」と称される滋賀県南部の山々の中に、

天台宗の古刹・金勝寺(こんしょうじ)はひっそりと立つ。

かつては多くの堂塔の並ぶ大寺院だった。

今は本堂や仁王門など建造物は少ないが、

苔むす参道は幽玄な趣に満ち、

静寂を求める参拝者が日々訪れる。

読売新聞「おまいり日和」より







湖南アルプスの由緒ある古い寺 金勝寺_e0044657_21350587.jpg




道の駅 こんぜの里りっとうから離合困難な

細い山道を2km駆け上がると金勝寺に着く。


以前さらにその先の湖南アルプス竜王山駐車場まで

登った時は寂し気な雰囲気だったが、

きれいに整備されていて駐車場は5台分がゆっくり、

新しい立派なトイレも立っていた。





湖南アルプスの由緒ある古い寺 金勝寺_e0044657_21350572.jpg



雰囲気は確かに静寂なのだが、

新名神が絶えず遠くに聞こえる。





湖南アルプスの由緒ある古い寺 金勝寺_e0044657_21350408.jpg



苔むす参道を上り仁王門から奥に本堂。

ゆ~っくり写真を撮って回っても20分もあれば十分。




湖南アルプスの由緒ある古い寺 金勝寺_e0044657_21350451.jpg



SAM
さんには重い歴史や貴重はよくわからないが、

近くにあってなかなか来れなかった場所。

「おまいり日和」のおかげでやっと来れてよかったよ。



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# by power-shoes | 2020-07-20 21:41 | 日記 | Comments(0)

治安活動を逸脱した新選組のテロ事件 幕末維新





新選組参謀だった伊藤甲子太郎(かしたろう)は

同志十数人を引き連れ、新選組を離れた。

脱退は円満に運んだかのようにみえたが、

その背景には、近藤勇らとの思想的対立もあった。

読売新聞-維新の記憶-より





新選組を脱退した伊藤らが詰め所にした月真院へと向かう。







治安活動を逸脱した新選組のテロ事件 幕末維新_e0044657_18143934.jpg



場所は八坂神社から清水寺へ向かう石畳の「ねねの路」

沿いにあり、多くの観光客が風情を楽しんでいたが、

この石碑の前に立ち止まる人はほとんどいなかった。





治安活動を逸脱した新選組のテロ事件 幕末維新_e0044657_18143956.jpg



この場所を屯所として伊藤らは御陵衛士(ごりょうえじ)

と名乗り、宮廷の護衛に当たった。




治安活動を逸脱した新選組のテロ事件 幕末維新_e0044657_18143864.jpg


勤王派の御陵衛士、幕府への忠誠心の強い佐幕派の新選組

という思想の違いは埋まることはなかった。




加えて新選組は脱退を禁じていたこともあり、近藤は

伊藤を許さず、酒宴に伊藤を呼び出し暗殺する。

その遺体を新選組は油小路七条の交差点に放置し、

引き取りに来た御陵衛士のうち3人を切り殺した。

新選組の任務である治安活動を逸脱した、凄惨なテロ行為だった。






治安活動を逸脱した新選組のテロ事件 幕末維新_e0044657_18143805.jpg


油小路は広い堀川通を東に一本入った南北の小路。





治安活動を逸脱した新選組のテロ事件 幕末維新_e0044657_18143834.jpg
この通りが油小路、横の道が七条通り。



七条通りは当時もう少し狭かったのだろうが、

油小路はきっと当時のままの道幅。

この交差点に伊藤の死体が放置された。



交差点の四隅を確認したがどこにもこの事件に触れた

記述は表示されていなかった。

京の幕末 内輪もめの殺傷事件、

伊藤甲子太郎32歳、藤堂平助23歳、

服部三郎兵衛35歳、毛内監物32歳。





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治安活動を逸脱した新選組のテロ事件 幕末維新_e0044657_18143939.jpg




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# by power-shoes | 2020-07-18 18:30 | 幕末維新を訪ねる | Comments(0)

世界文化遺産 二条城Ⅱ 日本100名城




徳川慶喜が大政奉還の意思を表明した二の丸御殿の内部は

撮影禁止、国宝ですよ。



とにもかくにも豪華絢爛、きんきらきん。

各部屋の解説は全部読んだぞ^^; たっぷり楽しんで、




世界文化遺産 二条城Ⅱ 日本100名城_e0044657_21232115.jpg


特別名勝二の丸庭園、贅の極み。


世界文化遺産 二条城Ⅱ 日本100名城_e0044657_21232139.jpg



世界文化遺産 二条城Ⅱ 日本100名城_e0044657_21232198.jpg

本丸櫓門から本丸へ。




世界文化遺産 二条城Ⅱ 日本100名城_e0044657_21232150.jpg


天守台から見下ろす西橋と桝形。






世界文化遺産 二条城Ⅱ 日本100名城_e0044657_21232114.jpg

打ち込みはぎと算木積みの石垣が美しい。





世界文化遺産 二条城Ⅱ 日本100名城_e0044657_21240590.jpg

歩いて歩いて・歩いて歩いて城外へ。

セローで外堀を一周。





世界文化遺産 二条城Ⅱ 日本100名城_e0044657_21232022.jpg

北大手門、バイクを止めただけで係員が中から出てきた。

係員「止めないで下さい」

SAM「写真撮るだけです」

係員「・・・」



世界文化遺産 二条城Ⅱ 日本100名城_e0044657_21232059.jpg

西門、二条城の通用門。今は橋が架かっていない。




世界文化遺産 二条城Ⅱ 日本100名城_e0044657_21232034.jpg



交通量の多い堀川通に面した東南隅櫓と違い、

ひっそりと建つ西南隅櫓。




世界文化遺産 二条城Ⅱ 日本100名城_e0044657_21232038.jpg

二条城表の顔、東南隅櫓、

その奥に正面玄関の東大手門が見える。


たっぷり楽しんで3時間半、

二条城を後にして、「ねねの路」へとへ向う。






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# by power-shoes | 2020-07-13 21:34 | 100名城 | Comments(0)

世界文化遺産 二条城Ⅰ 日本100名城






日本100名城のスタンプを初めて押したのが姫路城、






世界文化遺産 二条城Ⅰ 日本100名城_e0044657_19452159.jpg

2013
10月のことだった。







世界文化遺産 二条城Ⅰ 日本100名城_e0044657_10081688.jpg





その日から6年半、

我が家から一番近い100名城なのに「灯台下暗し」、

二条城のスタンプがまだ押せていなかった^^;

ということで、やってきました二条城。

セローで乗り付けたがバイクは駐輪できず。

(ほらここもバイクだめって なんでなんやろな? 

NET
では大手門前と書いてあったけどな?)





世界文化遺産 二条城Ⅰ 日本100名城_e0044657_19461544.jpg

ということで案内された城専用駐車場。(

専用とはいってもチェックされるわけでもないので、

誰でも止めようっちゃ止められる)






世界文化遺産 二条城Ⅰ 日本100名城_e0044657_19455347.jpg




入場は堀川通に面した東大手門から。

外からの写真は何度も撮っているから

今回は内側からの東大手門。





世界文化遺産 二条城Ⅰ 日本100名城_e0044657_19455757.jpg

そこから玉砂利を踏みしめ、

案内板に従うと、ここ二の丸御殿正門の唐門。





世界文化遺産 二条城Ⅰ 日本100名城_e0044657_19460749.jpg

頂いたパンフレットの表紙にもなっている

二条城一番の写真スポット。



二条城

1603年(慶長8年)徳川家康が御所の守護と

上洛時の宿泊所として全国の諸大名に命じ築城。

天皇のおもてなしや徳川家の行事に使われてきたが、

1867
10月、在京40藩の重臣を二条城に集め

第十五代将軍徳川慶喜が政権を朝廷に返上する

「大政奉還」の意思を表明したことは日本史上

あまりにも有名な出来事。

その二か月後に竜馬は暗殺される。






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世界文化遺産 二条城Ⅰ 日本100名城_e0044657_19505783.jpg






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# by power-shoes | 2020-07-08 19:51 | 100名城 | Comments(2)

ええじゃないか 三河100名城ツーリング




江戸時代の終わり、1867年、東海道沿いの小さな村で、

伊勢神宮の御札が降ったという。

神威を感じた人々は騒ぎ出し、神事に詰めかけ、

酒を飲んで踊り明かした。

にわかの巻き起こった「祭り」は全国に広がり、

「ええじゃないか」と呼ばれる民衆騒動に発展した。

読売新聞-維新の記憶-より


お札が降ったのは今の愛知県豊橋市牟呂(むろ)村。

「本当に天から降ったのか」と疑った村人の身内急死した。

怯えた村人は牟呂八幡宮にお祓いを依頼。






ええじゃないか 三河100名城ツーリング_e0044657_08421833.jpg


ところがさらに2枚降り、大騒動となり、

男は女装、女は男装するなど派手な姿で踊り狂う輪は

8
月以降京都へ、11月には江戸へと広がった。

民衆が叫んだ文句の一つが「ええじゃないか」だった。





ええじゃないか 三河100名城ツーリング_e0044657_08421702.jpg


とまあ、こんな大騒ぎ、現代では起こりえないわけだが、

科学的立証の出来ない当時、村人が亡くなったのは

恐怖以外の何物でもなかったのだろう。


出どころは面白おかしく作り話か、

誰かが仕組んだか、ってとこかな。

なぜならその後も吉田城下(豊橋市内)で

お札が降ったから、ここまでくると愉快犯。


尊王攘夷派が仕掛けた謀略説もあるが、

徳川幕府終焉の時、不安や不満をため込んだ民衆が

エネルギーを爆発させるにはもってこいの状況だったとか。




先日観た再放送ドラマ【JIN -仁-】、

「ええじゃないか」の集団が

京都に潜伏する坂本龍馬を取り囲むシーンがあった。

当時討幕派はこの狂乱に乗じて活動が出来たという。

ちなみに竜馬はこの年の12月に暗殺される。




ええじゃないか 三河100名城ツーリング_e0044657_08421715.jpg


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表舞台の幕末維新だけでなく、

名もなき人々が紡いだ幕末、歴史の一ページ。

タイムスクープ社の時空ジャーナリスト沢嶋雄一氏に

是非取材してもらいたいものだ。



ええじゃないか 三河100名城ツーリング_e0044657_08421808.jpg
名港トリトン、大津まであと1時間だ。









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# by power-shoes | 2020-07-05 09:06 | 幕末維新を訪ねる | Comments(0)

豊橋市の吉田城へ 三河100名城ツーリング






豊橋市の吉田城へ 三河100名城ツーリング_e0044657_20405537.jpg

翌朝、浜松を後にして、太平洋沿いを

浜名バイパスで西へ愛知県豊橋市へと向かう。





豊橋市の吉田城へ 三河100名城ツーリング_e0044657_20410073.jpg



この辺は潮見バイパスかな?

制限速度は60kmって  そんなの無理!





まずは100名城吉田城へ。


東三河地区は戦国時代、国盗り合戦のど真ん中にあり、

築城後80年の吉田城城主はころころと入れ替わった。

最終的には松平家康(徳川家康)、豊臣秀吉、

徳川家康に統治される。

そんな歴史に翻弄され続けた吉田城も

江戸時代に入り平和な時代が続いた。




豊橋市の吉田城へ 三河100名城ツーリング_e0044657_20463159.jpg


吉田城鉄櫓(くろがねやぐら)(昭和29年に復興)

吉田城本丸には四つの隅櫓があったが天守はない。

そこで、この鉄櫓を天守代わりとして使っていた。






豊橋市の吉田城へ 三河100名城ツーリング_e0044657_20410576.jpg

豊川を堀に見立てた要害堅固な縄張り。




豊橋市の吉田城へ 三河100名城ツーリング_e0044657_20463143.jpg

市民の憩いの場でもある。

近くに城址公園があるという環境

時に羨ましくもあるこういった光景。




豊橋市の吉田城へ 三河100名城ツーリング_e0044657_20463192.jpg

資料館内部ではジオラマの展示や

豊橋の歴史を展示パネルが丁寧に解説していた。




豊橋市の吉田城へ 三河100名城ツーリング_e0044657_20463178.jpg

あまりに興味深くて1時間もいたよ。(入館無料)




豊橋市の吉田城へ 三河100名城ツーリング_e0044657_20463100.jpg






豊川の対岸から櫓を観たくて移動。




豊橋市の吉田城へ 三河100名城ツーリング_e0044657_20463134.jpg

全くの人気なしということでTELLOにお仕事してもらった。





豊橋市の吉田城へ 三河100名城ツーリング_e0044657_20463117.jpg


ところでこの場所、

後に見た映画「みんなエスパーだよ」のロケ地だった。

それを知っていたら「一本の木」に

寄りかかって写真撮ったのにな。




さて、今回のメインディッシュの牟呂八幡宮へと向かう。




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豊橋市の吉田城へ 三河100名城ツーリング_e0044657_20463144.jpg






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# by power-shoes | 2020-07-02 20:53 | 100名城 | Comments(2)

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