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by SAM

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治安活動を逸脱した新選組のテロ事件 幕末維新





新選組参謀だった伊藤甲子太郎(かしたろう)は

同志十数人を引き連れ、新選組を離れた。

脱退は円満に運んだかのようにみえたが、

その背景には、近藤勇らとの思想的対立もあった。

読売新聞-維新の記憶-より





新選組を脱退した伊藤らが詰め所にした月真院へと向かう。







治安活動を逸脱した新選組のテロ事件 幕末維新_e0044657_18143934.jpg



場所は八坂神社から清水寺へ向かう石畳の「ねねの路」

沿いにあり、多くの観光客が風情を楽しんでいたが、

この石碑の前に立ち止まる人はほとんどいなかった。





治安活動を逸脱した新選組のテロ事件 幕末維新_e0044657_18143956.jpg



この場所を屯所として伊藤らは御陵衛士(ごりょうえじ)

と名乗り、宮廷の護衛に当たった。




治安活動を逸脱した新選組のテロ事件 幕末維新_e0044657_18143864.jpg


勤王派の御陵衛士、幕府への忠誠心の強い佐幕派の新選組

という思想の違いは埋まることはなかった。




加えて新選組は脱退を禁じていたこともあり、近藤は

伊藤を許さず、酒宴に伊藤を呼び出し暗殺する。

その遺体を新選組は油小路七条の交差点に放置し、

引き取りに来た御陵衛士のうち3人を切り殺した。

新選組の任務である治安活動を逸脱した、凄惨なテロ行為だった。






治安活動を逸脱した新選組のテロ事件 幕末維新_e0044657_18143805.jpg


油小路は広い堀川通を東に一本入った南北の小路。





治安活動を逸脱した新選組のテロ事件 幕末維新_e0044657_18143834.jpg
この通りが油小路、横の道が七条通り。



七条通りは当時もう少し狭かったのだろうが、

油小路はきっと当時のままの道幅。

この交差点に伊藤の死体が放置された。



交差点の四隅を確認したがどこにもこの事件に触れた

記述は表示されていなかった。

京の幕末 内輪もめの殺傷事件、

伊藤甲子太郎32歳、藤堂平助23歳、

服部三郎兵衛35歳、毛内監物32歳。





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治安活動を逸脱した新選組のテロ事件 幕末維新_e0044657_18143939.jpg




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by power-shoes | 2020-07-18 18:30 | 幕末維新を訪ねる | Comments(0)

ええじゃないか 三河100名城ツーリング




江戸時代の終わり、1867年、東海道沿いの小さな村で、

伊勢神宮の御札が降ったという。

神威を感じた人々は騒ぎ出し、神事に詰めかけ、

酒を飲んで踊り明かした。

にわかの巻き起こった「祭り」は全国に広がり、

「ええじゃないか」と呼ばれる民衆騒動に発展した。

読売新聞-維新の記憶-より


お札が降ったのは今の愛知県豊橋市牟呂(むろ)村。

「本当に天から降ったのか」と疑った村人の身内急死した。

怯えた村人は牟呂八幡宮にお祓いを依頼。






ええじゃないか 三河100名城ツーリング_e0044657_08421833.jpg


ところがさらに2枚降り、大騒動となり、

男は女装、女は男装するなど派手な姿で踊り狂う輪は

8
月以降京都へ、11月には江戸へと広がった。

民衆が叫んだ文句の一つが「ええじゃないか」だった。





ええじゃないか 三河100名城ツーリング_e0044657_08421702.jpg


とまあ、こんな大騒ぎ、現代では起こりえないわけだが、

科学的立証の出来ない当時、村人が亡くなったのは

恐怖以外の何物でもなかったのだろう。


出どころは面白おかしく作り話か、

誰かが仕組んだか、ってとこかな。

なぜならその後も吉田城下(豊橋市内)で

お札が降ったから、ここまでくると愉快犯。


尊王攘夷派が仕掛けた謀略説もあるが、

徳川幕府終焉の時、不安や不満をため込んだ民衆が

エネルギーを爆発させるにはもってこいの状況だったとか。




先日観た再放送ドラマ【JIN -仁-】、

「ええじゃないか」の集団が

京都に潜伏する坂本龍馬を取り囲むシーンがあった。

当時討幕派はこの狂乱に乗じて活動が出来たという。

ちなみに竜馬はこの年の12月に暗殺される。




ええじゃないか 三河100名城ツーリング_e0044657_08421715.jpg


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表舞台の幕末維新だけでなく、

名もなき人々が紡いだ幕末、歴史の一ページ。

タイムスクープ社の時空ジャーナリスト沢嶋雄一氏に

是非取材してもらいたいものだ。



ええじゃないか 三河100名城ツーリング_e0044657_08421808.jpg
名港トリトン、大津まであと1時間だ。









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by power-shoes | 2020-07-05 09:06 | 幕末維新を訪ねる | Comments(0)

14年ぶりのポートタワーはあの日と同じ青空 幕末維新を訪ねて



1867年 兵庫開港の勅許 開国へ不退転の慶喜。

兵庫港(現・神戸港)を開港するかどうかをは、

幕末政局の焦点だった。頑として認めない朝廷の態度に、

攘夷派は勢いづき、幕府は追いつめられた。

慶応3年(1867年)5月、徳川慶喜は御所に参内し、

夜を徹した説得で開港を認めさせる。

兵庫は約半年後、横浜などに8年半遅れて開かれる。

国際港湾都市への歩みを始める。

読売新聞「維新の記憶」より





14年ぶりのポートタワーはあの日と同じ青空 幕末維新を訪ねて_e0044657_21433682.jpg

ポートタワーに来たのは14年ぶり。

もちろん神戸にはその間何回も来ているが、

ここへの前回は200613日、

2005
7月にRTを買って初めての正月のことだった。






14年ぶりのポートタワーはあの日と同じ青空 幕末維新を訪ねて_e0044657_21433821.jpg


(今、この場所にバイクの乗り入れは出来ない)




このころはまだバイクでツーリングに出掛けても、

観光は私服に替えていた。バイクウェアーはバイクに

乗るときだけのものだと思っていた。

というかいかつすぎて恥ずかしいの思いもあった。

とりわけhideさんは。







14年ぶりのポートタワーはあの日と同じ青空 幕末維新を訪ねて_e0044657_21433663.jpg

神戸港の夜景、フェリーから。

2007
7月、佐賀インターハイを観戦に、

もちろんRTタンデムで。

ポートアイランド港からは九州行きのフェリーに

何回も乗った。

会社終わってから走っても出港に間に合ったからね。



14年ぶりのポートタワーはあの日と同じ青空 幕末維新を訪ねて_e0044657_21433729.jpg



というhideさんとの思いで多き神戸の港。





そこで、

この神戸港は十五代将軍徳川慶喜の努力によって

開かれたと言う話に戻す。

横浜や函館は早くに開港したのだが、兵庫は

京都に近いということで、朝廷が許可を出さなかった。

そこで1867年将軍になった慶喜が業を煮やし

御所で直談判に臨む。

公家からの一昼夜にわたる反対論を押し切り

朝廷が折れ勅許が出た。





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開港当時の兵庫港




しかし、12月の開港後、

慶喜を「朝敵」とした王政復古の号令が下り、

一気に倒幕へと流れ、明けた13日、

鳥羽伏見の戦いを初戦として戊辰戦争が始まる。





14年ぶりのポートタワーはあの日と同じ青空 幕末維新を訪ねて_e0044657_21433777.jpg

慶喜絶対思いの開港説得だったのか、開港を国際的に

約束してしまった徳川幕府の立場だったのか、

この後の追いつめられていく慶喜の行動からすると、

後者のような気がしないでもないのだが。




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100名城、明石城へとつづく



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by power-shoes | 2020-04-28 22:50 | 幕末維新を訪ねる | Comments(0)

1866年薩長同盟 セローで楽しむ京都幕末維新



これほど有名な<密約>もないだろう。

1866年(慶応2年)それまで反目していた薩摩藩と

長州藩が京都で交わした薩長同盟である。

そして、両藩の接近は大政奉還へとつながっていく。

西郷隆盛と坂本龍馬、桂小五郎(木戸孝允)が

一堂に会した盟約は、倒幕への引き金となった。

読売新聞-維新の記憶-から




幕末維新の数あるキーワードのなかで、

「薩長同盟」は最重要キーワードの一つ。

そこで、今頃だが、

密約が交わされたであろう薩摩藩邸跡を訪れた。




とその前に向かったのが、島津家家老小松帯刀寓居址。





1866年薩長同盟 セローで楽しむ京都幕末維新_e0044657_22322551.jpg

現場には石碑と解説パネルの展示しかないが、

この地は歴史の表舞台の裏舞台のようなところ。





1866年薩長同盟 セローで楽しむ京都幕末維新_e0044657_22405232.jpg

島津家当主が上洛時に使用したり、西郷や大久保利通が

五山の送り火を楽しんだ記録がある。

薩長同盟に向け木戸孝允(桂小五郎)が宿泊した

記録もあり、その後、小松帯刀、西郷らとここで

密約がかわされていたのではないかの説もある。







この地から南東へ、京都御所の北側、同志社今出川

キャンパスの西門前に「薩摩藩邸跡」の石碑が立つ。





1866年薩長同盟 セローで楽しむ京都幕末維新_e0044657_22322607.jpg

門のすぐそばなので、こんな写真撮ってると

大学の守衛に注意されるんじゃないかと

ヒヤヒヤもんだったが、無事あ~でもない、

こ~でもないの撮影に成功した。

(守衛こころの声「寝っころがったり動かしたり、

いつまで写真撮っとんね!?そろそろ注意したろか」)


一応一般的には(司馬遼太郎的には)、

薩長同盟の密約はここ薩摩藩邸で西郷隆盛、坂本龍馬、

木戸孝允同席のもと成ったとしているが、

ただ、密約にて資料が乏しく真相は分からない。

西郷と木戸が前出の小松帯刀寓居跡で長時間話し合った

という記録があり、その日に盟約が締結されたとみる

説もある。




1866年薩長同盟 セローで楽しむ京都幕末維新_e0044657_22322618.jpg

左 賀茂川、右 高野川。賀茂大橋からパノラマ撮影。





1866年薩長同盟 セローで楽しむ京都幕末維新_e0044657_22322691.jpg

この日の京都散策は午前中のみ、山中越えで帰路に就く。




1866年薩長同盟 セローで楽しむ京都幕末維新_e0044657_22322696.jpg

びわ湖が見えてきたよ。



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by power-shoes | 2020-03-05 22:53 | 幕末維新を訪ねる | Comments(0)

1865年、高杉晋作 功山寺挙兵 山陽・四国 幕末維新とスタンプツーリング




9
20日(金)

仕事終わりに向かった神戸六甲アイランドあいにくの雨。





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乗り込むは新門司行きの阪九フェリー 

それでは行ってきま~す。





21日、

九州上陸もすぐさま関門トンネルで山口県へ本州へ。

向かうは下関歴史博物館なのだが、ナビがこの道走れって

「絶対こんな道メインと違うやろ~」って

ぼやいて走る住宅街、突然こんなところに出た。







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古江小辞(ふるえしょうじ)風情あるな~。



幕末維新と言えば長州藩ということで 

今回は高杉晋作と下関をかじってみる。





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まずはここで補う。

(なるほどなるほど、ふむふむ、そうだったのかetc






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歴史博物館の筋向いに功山寺。





幕末の長州藩で、

高杉晋作が藩政府にクーデターを起こした。

世に言う「功山寺挙兵」(こうざんじきょへい)

禁門の変で幕府側に敗れ、討伐軍が迫るという

危機にあった長州藩では勢力図が変わり、幕府に

謝罪して従おうとする恭順派が実権をつかんだ。

反発する尊王攘夷派の高杉らは、蜂起して形成を逆転。

時代は倒幕へ展開し始める。

読売新聞「維新の記憶」より。




18651月、高杉は

「今日より、長州男児の肝っ玉をお目に掛けます」

といい下関の藩会所を襲い、

傍観していた攘夷派を巻き込み藩政府に勝利する。






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そんな事件がこの功山寺の挙兵から始まった。







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国宝 仏殿

鎌倉時代末期に建立された典型的な唐様建築

だそうだ^^






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この境内に集まって「えい!えい!おー!」って

士気を鼓舞したんだろうな。





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馬上の高杉晋作像




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この後、壇ノ浦の砲台跡へと向かう。





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by power-shoes | 2020-02-01 22:27 | 幕末維新を訪ねる | Comments(0)

白馬散策




白馬二日目、

上田市へ幕末維新へと走ろうと計画していたが

予報通りの雨で断念。

生来「ボ~」ができない性格にも関わらず、

予定が狂ったときの用意周到性がないのがB型の致命傷か

はたまた単なる性格か   さて困った。




朝ごはんゆったり、おしゃべりたっぷり楽しんで

JR
白馬駅前へ向かう。




白馬散策_e0044657_22170792.jpg


白馬小径、時は7月。

二か月後この道はBMW Motorrad Days 2019 in HAKUBA

ウエルカムロードになる。

道の両脇に「BMW Motorrad」ののぼり旗がたなびいて。





白馬散策_e0044657_22170760.jpg



安曇野アートラインを白馬駅方面に走ると、

白馬八方尾根スキー場がすぐそこに見える。




白馬散策_e0044657_22170748.jpg




白馬駅前のアウトドアショップ巡り。

ノースフェイス・パタゴニア・好日山荘と

白馬を訪れるたびのお決まり物色。



白馬散策_e0044657_22170799.jpg



今回はパタゴニアでいいもの見つけた。





遅い朝食をしっかり食べたのでお腹が空かない、

軽めの昼食は飯盛神社で。





白馬散策_e0044657_22170704.jpg

雨をしのいでバイクに腰かけいただく。



白馬散策_e0044657_22170869.jpg




飯盛神社見学


白馬散策_e0044657_22170723.jpg




大きな舞台があった。


白馬散策_e0044657_22170835.jpg



五竜とおみゲレンデ近くに建つ飯田水神宮、熊野権現宮。





白馬散策_e0044657_22170716.jpg


白馬散策を楽しんで、夜はこんなゲームに興じる。




白馬散策_e0044657_22170798.jpg

単純だけどなかなか面白い。




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ペンション ハーシー









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by power-shoes | 2019-10-04 22:11 | RTでGO! | Comments(2)

テロ鎮圧 1863年新選組結成





新選組の実態は京都の治安維持に当たる一種の

警察組織であり、幕藩体制を力で覆そうとする

過激派志士ら、テロリストを取り締まっていたのだ。

初代筆頭局長の芹沢鴨に粗暴な振る舞いがあったのは確かで、

新選組の中でも特に悪役扱いされてきた。

読売新聞「維新の記憶」より。




1863年上洛する14代将軍徳川家茂の警固のため、

幕府は江戸で浪士を急募、京都に派遣する。

彼らは洛外の壬生に分宿した。

今は町の真ん中だが当時は畑の中だったという。

そんな新選組壬生屯所跡を訪れた。




テロ鎮圧 1863年新選組結成_e0044657_20540060.jpg
八木邸。

入場は有料だが、解説とお抹茶お菓子が付いてくる。

当時の姿をそのままに残しており見ごたえあり。

芹沢鴨暗殺現場の10畳間で聞く当夜の模様は生々しい。

芹沢鴨がけつまずいたとされる文机も残る。





八木邸だけでは収まり切らず、

筋向いの前川邸にも浪士たちは分宿した。



テロ鎮圧 1863年新選組結成_e0044657_20540047.jpg

ここは今も人が住んでいるため屋敷の奥までは入れない。


すぐ近くには、浪士たちが訓練に励んだ壬生寺がある。






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右、二条城、  左、壬生寺



壬生が手狭となった新選組は、西本願寺へと引っ越す。



つづく



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by power-shoes | 2019-09-18 21:22 | 幕末維新を訪ねる | Comments(0)

GW2019 養浩館庭園 福井歴史探訪 





ボランティアガイドさんの案内で福井城跡を見学した後、

向かったのが藩主松平家の別邸養浩館庭園。




GW2019 養浩館庭園  福井歴史探訪 _e0044657_20550728.jpg

幕末維新を知るうえで第十六代福井藩主松平春嶽は

避けて通れない人物。

そんな人物を少しでも感じたいと今回前出の2城址よりも

一番に訪問したかった所。

養浩館は松平春嶽が名付けた。




GW2019 養浩館庭園  福井歴史探訪 _e0044657_20550616.jpg

回遊式庭園として

高い評価を受けていることでも知られている。






GW2019 養浩館庭園  福井歴史探訪 _e0044657_20550606.jpg


ボランティアガイドさんがおられなければ

素人には絶対気が付かないような意匠や工夫の数々に

ため息をつきながらの見学。



GW2019 養浩館庭園  福井歴史探訪 _e0044657_20550646.jpg
立って眺めるのではなく、座って眺めるようにできている。

誰も座って眺めていない^^




他の見学者の方にもこの話聞かせてあげたいな~ がいくつもあり

絶対得した説明付きの実に素敵なひと時だった。




GW2019 養浩館庭園  福井歴史探訪 _e0044657_20550694.jpg
水面に反射した光が天井に揺れる。

そんなの誰も見ていない。





GW2019 養浩館庭園  福井歴史探訪 _e0044657_20550726.jpg

ただガイドさん付きの見学で唯一の難点は

自分の時間で行動できないこと。

もう少し見ていたい、ここじっくり読みたい、

この先も行ってみたい等の自由がないこと。(当然ですが)

(無料で素敵な解説をいただいて失礼な話だが)



今回とっても興味深いお話の数々に歴史を堪能したので、

次回もう一度訪れ、今度はじっくり時を眺めていたいと

思わせてくれた一級品のお庭と建物だった。




GW2019 養浩館庭園  福井歴史探訪 _e0044657_20550766.jpg




先日購入した「続100名城」に福井城が入っていて、

スタンプを押しに再度の訪問の必要もあり、

間違いなく養浩館庭園再訪の機会あり。

どの季節で行こうか今から楽しみだ。



その後隣接する福井市郷土歴史博物館を訪れ、

幕末維新における所の春嶽に触れてみた。





GW2019 養浩館庭園  福井歴史探訪 _e0044657_12274520.jpg

松平春嶽

第十六代福井藩主。土佐の山内容堂・薩摩の島津斉彬・

宇和島の伊達宗城と並び、幕末の四賢候と呼ばれ、

高い評価は受けてはいるが、一方、優柔不断の評価もある。



春嶽の残した言葉

「我に才略無く我に奇無し。常に衆言を聴きて

 宜しき所に従ふ」

「才知に富んだはかりごとも奇抜な考えもない」

と自らを称するも、様々な局面で意見を求められ

頼りにされた名君だった。

坂本龍馬の才能を見抜き、11億円を貸している。



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5月2日、北庄城跡、福井城址、養浩館庭園、郷土歴史博物館と 

     大、大、大満足の一日だった。

     「余は満足じゃ~^^」



5月3日、丸岡城へとつづく





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by power-shoes | 2019-08-05 21:47 | RTでGO! | Comments(0)

続日本100名城に行こう



遅ればせながら「続日本100名城に行こう」を入手。




続日本100名城に行こう_e0044657_21330972.jpg

これで「日本100名城」と合わせて

合計「日本200名城」になったわけだ。



幕末維新でまだまだ訪問したいところがあるというのに、

日本100名城も48城しかスタンプしていないというのに、

さらに100城の追加。嬉しいやら喜ばしいやら^^




「維新の記憶」「幸せランチ」「おまいり日和」

「史書を訪ねて」「マチタビ」「エキタビ」

「名言巡礼」「あちこと聖地」などなど。



ツーリングの目的地にはもうまったくもって事欠かない。

おっと忘れちゃいけない!

BMW Motorrad
道の駅スタンプラリー2nd.ステージも

呼んでいる。



こんな調子じゃ「西国三十三か所」は

しばらくお預けだな^^




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by power-shoes | 2019-07-26 21:40 | 100名城 | Comments(2)

京都に幕末維新を訪ねる 遭難(暗殺)の地編







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佐久間象山・大村益次郎遭難の地碑



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佐久間象山

第十五代将軍徳川慶喜に公武合体論と開国論を説いた。

しかし当時の京都は尊皇攘夷派の志士の潜伏拠点で、

「西洋かぶれ」という印象を持たれ、

1864
711日、三条木屋町で暗殺される。享年54




大村益次郎

明治2年9月4日、木屋町で会食中に長州藩士に襲われる。

一命はとりとめたものの重傷を負い、105日死去した。享年46





佐久間象山・大村益次郎遭難の地碑の対岸(東側)に

桂小五郎寓居跡の碑がある。



京都に幕末維新を訪ねる 遭難(暗殺)の地編_e0044657_22220751.jpg

桂小五郎(後の木戸孝允)

長州藩の武士・明治政府の元勲、

明治維新三傑の一人(西郷隆盛・大久保利通)、剣豪でもあった。

享年45(満43歳病死)。





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言わずもがなの坂本龍馬、終焉の地近江屋。

近江屋事件は、幕末の慶応31115日(18671210日)に

坂本龍馬と中岡慎太郎が近江屋において殺害された事件。

実行犯は京都見廻組説が有力。

龍馬はその場で絶命。

中岡は重傷を負うも襲撃された際の状況を伝えているが、

二日後の17日死亡。

襲撃本来の目的は竜馬で中岡は居合わせてしまったということになる。



高瀬川畔木屋町を後にして南へ下り

向かったのが赤松小三郎遭難の地へ。

五条東洞院を下ったところに遭難の碑がある。





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京都に幕末維新を訪ねる 遭難(暗殺)の地編_e0044657_22222513.jpg



赤松小三郎

信州上田藩士。江戸で蘭学や西洋砲術を学び,

勝海舟とともに長崎の海軍伝習所に赴任。

のち,京都で私塾宇宙堂を開く。

教え子には東郷平八郎ら約800人におよぶ。

坂本龍馬の「船中八策」の一か月前に赤松小三郎の

「政体改革意見書」が福井藩主松平春嶽に送られている。

(船中八策はこの意見書を参考にしたともいわれている)

慶応3(1867)93日,上田への帰国途中,

薩摩藩士、門下生の中村半次郎(桐野利秋)らに暗殺された。

享年 36。



暗殺理由は、

当時薩摩藩軍事顧問の小三郎が上田藩に帰還することにより

薩摩藩の軍事機密が漏れることを恐れての犯行だったようだ。

で、この暗殺の指示を出したのが西郷隆盛ということだが・・・。







京都に幕末維新を訪ねる 遭難(暗殺)の地編_e0044657_22222036.jpg




小三郎は東洞院を北に向かって歩いていたのだろうか、


京都に幕末維新を訪ねる 遭難(暗殺)の地編_e0044657_22223187.jpg




それとも南に向かって歩いていたのだろうか。


京都に幕末維新を訪ねる 遭難(暗殺)の地編_e0044657_22223517.jpg



小三郎遭難の地のすぐそばにあった和菓子屋「甘仙堂」で


京都に幕末維新を訪ねる 遭難(暗殺)の地編_e0044657_22224067.jpg


くさ餅とさくら餅を買った。




京都に幕末維新を訪ねる 遭難(暗殺)の地編_e0044657_22224301.jpg


赤松小三郎の供養にと。



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by power-shoes | 2019-06-09 22:32 | 幕末維新を訪ねる | Comments(0)

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